G'の女

ある日の休日の朝、俺は目覚まし時計よりも早く起きた。一週間の仕事の疲れが少しだけ残っているようだったけど、今日は出掛けるつもりでいたので、とりあえず洗面所へ向かう。

今日はどこへ行こうかな。


出掛けるつもりではあったが、行き先は決めてなかった。とりあえず着替えて部屋を出ると、とてもあたたかい風が吹いてくる。春先の雨上がりの、懐かしい感じの匂いがする。昨夜の雨はすっかり上がり、気持ちのいい朝。

「今日はどこに行こうか。今日もよろしく頼むな。」
つい、話し掛けてしまう。

そうだ、海を見よう。千葉方面か神奈川方面か迷ったが、千葉方面に行く事にした。首都高、京葉道路から館山道へ。終点で降りて、海岸沿いの道を走る。太陽の光が水面に反射していて、とてもきれいだ。ゆるやかな気持ちのいいコーナーを、快調に走る。

少しペースを落とし、景色を楽しんでいると、前から一台の原付が走ってきた。それは真っ赤なG'だった。

そういえば、あのコもG'に乗ってたっけ……


毎朝、通勤途中に寄るコンビニに、そのコはいた。最初は、かわいいコだな、としか思っていなかったが、ある朝、そのコが話しかけてきた。
「かっこいいバイクですね」
たった一言だけだったけど、なんだか嬉しくて、でも少し恥ずかしかった。その日以来、そのコンビニに寄るたびに、そのコとひと言、ふた言、話をするようになった。そのコもバイクに乗っていると言っていた。店の外を指して、「スクーターですけどね」と言って、くすっと笑った。そこには真っ赤なG'があった。

俺は通勤が楽しみになった。そのコが休みの日には、なんとなく仕事のノリも良くなかったし、そのコと言葉を交わせた日は、一日ニコニコしていられた。

――ところが。


ある朝、いつものようにコンビニに寄り、G'のコと少しの会話を交わす。ここまではいつもと同じだった。しかし彼女は、小さく何かを呟き、俺に手を振った。何て言ったのかは聞き取れなかったが、俺も、彼女に手を振って会社に向かった。

その日を最後に、もう二度と、彼女に会うことはなくなった。
一体、どうしたんだろう。
あの時、手を振っていたのは、バイバイって、さよならって言っていたのかもしれない……。

それから月日が流れ、いつしか俺はG'の彼女のことは忘れてしまっていた。それなのに、こんなところで思い出すなんて……。だけど、今ではもう、何の感情もない。時間の流れというのは、そういうものなのだろう。でも、それでもあの時の俺の気持ちは確かだった。

「好きだったんだけどなー……」

ぽつりとつぶやき、遠い過去を振り切るように俺はアクセルを開けた。
そして房総半島をぐるっと廻って帰ってきたというお話でしたとさ。



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