『東京−京都 遠距離恋愛』


これは当時、渋谷で一人暮らしをしていた時の話。仕事が終わり、帰宅した後にバイクでツーリング…というか、散歩みたいな感じで、夜の街を軽く流して寝るというのが習慣だった。ある春の日の夜のこと。彼女に出逢ったあの日は、軽く雨が降っていた。こんな日は夜ツーはやめておこうと思い、センター街にある中華料理店に向かった。メシを食って、さあ帰るかなと席を立った時、一人の女と目があった。

その女は、女二人でメシを食いにきていた。その時は、こいつらもジャッキー・チェンのファンなのかなと思っただけだった。雨は相変わらず小降り。路面は軽いウェット。こんな感じじゃ、やっぱり走りたくないなと思い、なんとなくゲームセンターに入った。少し遊んでいると、さっきの女たちが入ってきた。女たちはプリクラを撮っていた。プリクラなんて、どこがおもしれーのかなと思い、なんとなくそいつらを見ていた。よく見ると、優香に似ている。すると、女が俺に話し掛けてきた。

「一緒に撮ります?」と笑う女(以下、優香)。「ん?何で俺と?」と訊くと、んー、なんとなく。と笑った。優香の友人らしき女も笑っている。プリクラは苦手だからと、一度は断ったんだけど、勢いに押され、プリクラを撮る事になった。
軽く話をしてみると、女たちは東京観光に来ていて、翌日の午後に京都に帰るとの事。京都が好きで、京都には何度かツーリングで行った事がある俺は、京都人と話す事が嬉しくて、彼女達の京都の話が楽しかった。京都弁が好きな俺は、彼女達の話す言葉が嬉しかった。お返しに俺は、地元で見かけた芸能人の話をしてあげた。

突然優香が「やっぱり似てるよねぇ。」と俺に言う。
「何に似ているんだ?」と訊くと「物じゃなくて、人だよー。」とクスクスと笑った。彼女達が言うには、大沢たかおに似ているそうだ。優香はその男のファンらしく、俺に話し掛けてきたのも、そのせいだったようだ。
「ジャッキーズ・キッチンにいたから、ジャッキー・チェンのファンだと思っていたよ。それで話し掛けてきたのかと思ってた。」と言うと、特にファンでは無いと笑っていた。自分では、パッとしない顔だと思っていたけど、芸能人(俳優か?)に似ていると言われた事は、悪い気分ではなかった。

ゲーセンで話し始めて小一時間程経った頃、雨は上がっていたみたいで、外に出ると路面も乾き初めていた。「お、これは寝る前にひとっ走りできるかな。」と独り言を言う俺。優香の友人らしき出川似の女(以下、出川)が、「ジョギングですか?」と、力の抜ける事を言う。
「いや、バイクで散歩するんだよ。」と苦笑する俺。優香は「わー、いいなぁ。バイクって楽しそうですよねぇ。」と言うから、「京都にツーリングに行った時に偶然逢えたら乗せてあげるよ。」と言うと、「えっ、いいんですかー?約束ですよぉ。」と笑う。
幸い、出川は何も言わない。なんでだ?でもまあよかったな。と安心する俺。後になって優香が話してくれたんだが、出川には、バイク乗りの彼氏がいるそうだ。世の中捨てたもんじゃないなと思った。

その日はお互いのメールアドレスを交換して、俺は自宅へ、彼女達はホテルへと帰っていった。結局その日は走りには行かずに寝た。翌日、目が覚めると優香からメールが来ていた。
「昨日は楽しかったよ。ありがとう。約束、忘れないでね♪」と、こんな感じ。いきなりタメ口かよと苦笑する俺。当時の俺は23歳。優香は19歳。まあ俺は体育会系でもないし、そういうのはあまり気にしないタチだったから、この時も特に気にはしなかった。

とりあえず「ああ、俺も楽しかったよ。久しぶりに、大好きな京都弁が聞けて、嬉しかった。帰りは気をつけてね。」とメールを返す。するとすかさず返信が。
「京都へは、いつ来るんですか?」と。何故か急に敬語になる優香に、少し笑った。「気が向いた時に行くよ。」と返信して仕事に向かう。

それから毎日のように、優香からメールが来た。
時々京都弁で書いてあるメールに萌えたりしながら、俺は優香とのメールを楽しんでいた。そして7月になった頃、急に八橋が食べたくなり、俺は京都に行く事を決めた。八橋なんて通販でも買えるし、お台場のアクアシティや横浜の大黒パーキングに行けばいつでも買えるんだが…。

思い立ったが吉日、早速週末に出発する事にした。早朝、まだ暗いうちに自宅を出る。東名高速をひた走る。2回ほど休憩して、いざ京都へ。高速を下りて、とりあえず清水寺へ。団子を食べている時に、ふと優香の事を思い出した。携帯を取り出し、メールを打つ。が、返事は無い。

ま、いっか。偶然会えたらって約束だしなと思い、RZVを走らせる。八橋を買い、何箇所か観光地を廻る。目的も果たしたし、早めに帰ろうかなと思い、エンジンを掛けようとしたその時、メールの着信音が鳴った。なんだよめんどくせぇなと思いつつ渋々グローブを外し、メールを見る。優香からだ。

「大沢くん(俺の事)、今こっちに来てるの?どこにいるの?会いたいよ。」
今、渡月橋の近くだよと返信する。優香は用事があって、学校に来ているらしい。そこまで行くから待っててと言われたが、俺が行く方が早いから待ってなよとメールを送る。
京都御所にほど近い大学の入り口に、優香はいた。毎日メールのやり取りをしていたからだろうか、それほど久しぶりのような気はしなかったが、とりあえず「久しぶり。」と頭を撫でる。優香は俺の腰にガバーっと抱きついてきた。バランスを崩して、危うく立ちゴケするところだった。

俺のメールの返事が遅いとか、あまり写真を送ってくれないとか、色々文句を言われた。とりあえずヘルメットを脱ぎ、グローブを外す。「猫の写真は喜んでたジャマイカ。」と言うも、「猫は猫、大沢くんは大沢くんなの。」と優香。そういうものなのか。

俺は、優香とメールのやりとりをしているうちに、優香の事を好きになっていった。優香は毎日写真を送ってくれていた。俺は、自分の写真は送らずに、地元で撮った写真や、夜の散歩の時に撮った風景写真、夜景の写真を時々送っているだけだった。リアルでは一度しか会っていないし、メールのやりとりだけで好きになる恋なんて、おかしいよなあ、と思っていた。しかし、優香への想いは、日を追うごとに大きくなっていた。

そして、その想いに気付いてはいたものの、やっぱりおかしいよなあ、と言い聞かせている自分がいた。この日、京都で優香に再会して、一気に想いが膨れ上がっていくのを感じた。それは優香も同じだった。のかは知らんが、優香の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「今日はこれからどうするの?」と訊かれて、「ん。もう帰ろうと思ってたところだよ。」と答える俺。
「えー!ゆっくりしていきなよぉ。せっかく来たんだし。色々案内するよ。」
「今日はどこかに泊まるんじゃないの?日帰りなの?」
「バイクに乗せてくれるって言ってたじゃない。やーくーそーくー。」と、少しむくれた顔をする優香。

「しょうがねぇなあ。まあ、明日も休みだし、今夜はどこかに泊まるかな。」と言うと、「ほんと?やったぁ。」と優香の表情が明るくなる。
「んー、でもうちには泊まれないから、一緒に宿を探すね。」と、公衆電話があるところに案内してくれた。なんで公衆電話?と思っていたら、そこにはタウンページが置いてあった。ああ、なるほどな。オマイ、頭いいなと心の中でつぶやきながら、ふたりでページをめくる。

観光案内所とかに行けばすぐに紹介してくれんじゃねーの?とも思ったけど、ふたりで宿を探すという行為が妙に楽しくて、その言葉はしまっておいた。
何件も電話をかけたが、週末で、夕方だったせいか、なかなか空き部屋がない。ようやく見つけたのは、琵琶湖の近くのビジネスホテルだった。俺も疲れているし、宿に行くにも迷うだろうから、明日ゆっくり会おうなと、優香に携帯の番号を教えて、ホテルに向かった。

翌日、優香に言われるままに、桂という駅に向かった。ここにきて思ったのだが、俺のRZVはバックステップにシングルシート。ヘルメットも、俺の分しか無い。優香を乗せる事なんてできねえじゃん_| ̄|○
しかし優香は、そんな事はわかっていたらしく、白いワンピース姿で俺を迎えてくれた。
優香の家まで、バイクを押して歩く。優香の家は、駅から5分位だった。言われるままに、庭にバイクを停める。その時、優香の父と思われる人物が現れた。

「君が大沢くんか?娘がよく君の事を話しているものでね。いつも世話になってすまないね。」
「あ、いえ。こちらこs『おとーさん!そんな格好で出てこないでっていつも言ってるでしょ!』ます。」
優香が俺の言葉をさえぎった。父上はランニングシャツにトランクスという出で立ちで、いかにも“とうちゃん”って感じだった。まあ、こんな感じで挨拶を済ませて、再び駅へと歩いた。

よく晴れた日曜日だった。優香の希望で、清水寺に行った。八坂神社では、お守りを買ってくれた。祇園の街をのんびり歩いた。夕方になると、芸妓さんとか舞妓さんが歩いてるのよ、と教えてくれた。

その後、京都駅の屋上に連れていかれた。のんびりし過ぎたせいで、辺りは薄暗くなっていた。京都駅の屋上は、薄い黄色のランプがきれいだった。
「私の家は、あの辺かな。」と、優香が指を指す。「カップルばかりだね。」と、少し照れた様子がかわいい。もうそろそろ帰らなければいけない時間だったんだが、一日一緒にいたせいか、なかなか離れ難い。俺は改めて、優香への気持ちを確信した。優香の気持ちも、俺に伝わっていた。


軽く抱き寄せて、くしゃくしゃっと頭を撫でる。ついでに、ほっぺをムニューと引っ張ってみた。優香は笑いながら俺を叩いた。唐突に、「なあ、優香。俺達付き合わないか。」と言ってみた。
優香は「えっ」と俺を見上げた。「メールは毎日してたけど、実際会うのは2回目だし、遠距離だし、いつまで続くのかわからないけど。それに、優香がOKって言ってくれるかもわからない。だけど、それでも俺は優香の事が好きなんだ。好きになってしまったんだよ。」と、一気に言っちまった。

少しの沈黙ののち、優香は「ありがとう」と言ってくれた。その日から、俺達の遠距離恋愛が始まった。月に2回は必ず逢いに行った。北山にある、おいしいケーキ屋を教えてくれた。祇園の路地裏に、おもしろい石の置物がある事を教えてくれた。

優香の家の近所の路地には、十二支の名前がついている事を教えてくれた。新京極においしいクレープ屋がある事を教えてくれた。雑誌に載っていない、地元の人がよく利用するお店も、教えてくれた。苦手だったプリクラも、好きになった。
RZVはノーマルシートに戻し、バックステップも外していた。彼女を乗せて、街中を走った。京都駅の屋上にも、何度も行った。俺は、屋上から見る景色が好きだった。レモンイエローの明かりの下、手を繋いで京都の街をずっと眺めていた。

夜、泣きながら電話を掛けてくる事もあった。そんな時はRZVに乗って逢いに行った。ほんの少し一緒の時間を過ごし、東京へとんぼ返りなんて事も、何度もあった。RZVの距離計は、みるみる伸びていった。高速代やガソリン代も、かなり生活の負担になっていたが、優香に逢いたいという一心で俺は京都に通いつづけていた。

そんなある日の事。仕事帰りに友人とラーメンを食いに行った時に、「俺、京都に住もうと思うんだけど。」と、俺は友人に打ち明けた。
「ちょっと飛ばせば4時間(自主規制)もかからないで行ける距離だけど、やっぱ帰りが辛いし、なかなか好きな時に会えないし、金だってかかる。それなら京都に住んだほうがいいと思うんだよ。あっちでアパートは押さえたし、仕事も決まりそうだしさ。」

友人は、寂しくなるなと言いながら、応援してくれた。この事は、彼女にはまだ話していなかった。
次の週末、嵐山に紅葉を見に行く時に、話そうと思っていた。しかし、その週末は来なかった。急に、彼女の態度が変わったのだ。冷たい口調になり、明らかに、俺に嫌われようとしているな、という態度だった。
昨日、友人に決意を誓ったばかりなのに。いったい彼女に何があったんだ?俺、何かやっちゃったか?そして会いに行くと言っても、「忙しいから」と断られる事が続いた。俺は、わけがわらなかった。

彼女は、車の教習所に通っていた。そこの若い教官がすごく親切で、よくメールや電話で、その教官の事を話していた。その教官に、遠距離恋愛である俺達の事について、相談にのってもらっている事も、以前、俺に話してくれていた。……これか。

一方的に別れを告げられ、俺は日々、放心状態だった。決まりかけていた京都の部屋も、仕事も、キャンセルした。友人は怒り狂っていたが、
「まあ、遠距離だったし、すぐに会えないやつより、近くにいてくれるやつの方がやっぱりいいんだよ。」などと、妙に冷静な自分もいた。それでも、数ヶ月は落ち込んでいた。大好きだった夜の散歩も、全然 しなくなった。友人がツーリングに誘ってくれたりもしたけど、バイ クに乗る気がなくなっていた。

そしてまた夏が来た。その頃になると、気持ちも落ち着いてきていて、また夜ツーに出かけるようになっていた。ふと彼女の事を思い出しても、チクリと胸が痛む程度になっていた。そんなある日の週末。ふと、八橋が食べたくなった。
八橋なんか通販でも買えるし、お台場のアクアシティや横浜の大黒パーキングに行けばいつでも買える。しかし、やっぱ産地に行かなきゃだめだろ。って事で、京都に行く事を決めた。思い立ったが吉日。その週末には、京都に立っている俺がいた。

八橋を食べて、軽く観光してみるも、ああ、ここはあいつと来たな、とか、ここでケーキ食ったんだったな、とか、鴨川に行けば、ああ、この土手で、カップルの行列に混ざって、一緒に夕日を見たなあ、とか、思い出すのは彼女の事だけだった。街中が、彼女との思い出で溢れていた。


俺は京都駅の屋上に行った。何を思ったか、消せなかった優香の番号をプッシュしている俺がいた。数回のコールののち、留守電に切り替わった。ドキドキしながらも、「今、駅の屋上にいる」と、たった一言だけ告げて、電話を切った。来るわけないよな。ストーカーみたいで気味わりーしな。などと思いつつ、ポツポツと明りがつき始めた街を眺めていた。


不意に後ろから声を掛けられた。優香だった。まさか来るとは思ってなかったから、かなり不意打ちをくらった気分だった。それでも平静を装って、なんとか声を絞りだした。
「お、おう。久しぶり。」
「…久しぶりやね。」と言う優香の声に、軽い懐かしさと、切なさを感じた。
優香はもともと痩せていたのだが、以前よりさらに痩せていた。なにかあったのだろうかと心配になる。そして、ぽつり、ぽつりと優香は話しだした。こくり、こくりと俺が頷く。

遠距離が辛くて、寂しかった事。相談に乗ってくれていた教官を好きになってしまった事。結果的に俺を裏切ってしまった事が、ずっと胸に引っかかっていて、辛かった事。…痩せてしまった原因は、もしかしたらこの事なのかもしれないなと思った。
そして何度も何度も、ごめんと繰り返す彼女に俺は切れた。彼女を引き寄せて、頭をクシャクシャと撫でる。

「気にすんな。もう終わった事だ。これからは、お前の幸せだけを考えて生きて行けよ。…今までありがとな。お前と一緒にいた時間は、すごく幸せだったよ。…俺はもう少しここで夜景を見ていくから。お前は一人で帰れるよな?……じゃあな。」
彼女はじっと俺を見つめている。突然、優香は泣きながら俺の胸に飛び込んできた。「ごめんね、ごめんね。」と繰り返しながら。

「お前なあ、早く帰れ。泣けねーだろうが。」と冗談っぽく言うと、
「…ん。うん。ごめんね。」と最後までごめんねと言いながら、優香は長いエスカレーターを下りていった。俺はまた京都の街を見下ろした。何度も通った、彼女の家の方角を見つめる。
「これでやっと終わる事ができたかなー。」と、小さく呟いて俺は京都をあとにした。


今でも俺は京都が好きで、八橋が好きだ。ふと食べたくなると、京都までバイクを走らせる。
RZVはもう売ってしまって、今は違う愛車だけど、今ではもう、彼女の事を思い出しても、京都に行っても、胸が痛む事は無い。ああ、懐かしい思い出だなあと、なんていうか、生温かい気持ちで振り返る事ができる。

そして最後に一言。彼女が今でも、そしてこれからも、幸せでありますように。


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